- 2018-06-08 (金) 18:00
- 2018年レポート
- 開催日時
- 平成30年5月25日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 「便利」について
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 下山、岩崎(晴)、大瀧、伊藤(雅)、望月
討議内容
今回は便利について議論した。便利という言葉は、哲学的に議論するまでもなく、その意味することは、だれにも自明のことではある。ただ、現代社会のように、日常生活の中において、便利さがありとあらゆるところにいきわたり、そのとどまるところを予測できない状況の中で、改めて便利とは何なのか、そして、人間社会にもたらす便利さの功罪について、考えてみることにした。
便利の意味するところを端的に表現するなら、簡単に目的が達成されることであり、その手段として、様々な道具や機械、そしてシステムなどが生まれてきている。家電製品一つを取り上げてみても、そこには便利さがあふれている。洗濯機、電気釜、ポット、食洗器、電子レンジ、などなど、かっては手作業でやっていたもののほとんどが自動化され、家事の仕事量をかなり減らしてきている。
こうした電化製品がきわめて便利であることの実感は、こうしたものがなかった時代に生きてきた人たちには、より現実なものとして受け取られるであろうが、こうしたものが生まれたときから当たり前のものとして存在していた時代に育ってきている若者たちには、なかなか実感を抱けないのかもしれない。ただ、そうした人たちにも実感できる営みとして、キャンプなどの体験がある。枯れ木を集め、火をおこすことから始める飯ごう炊飯、簡単なようで、なかなか火がつかなかったり、焦げてしまったりと、昔の人の苦労が身にしみてわかる。
上水道、下水道の完備、電気やガスの供給などは、人間が生きていく上で不可欠な水やエネルギーを家に居ながらに手に入れることができる。水くみをし、薪に火をつけていた時代とは比べようもないほど便利な生活になっている。
こうした、ライフラインや、電化製品のほかにも、便利なものが次々に登場してきている。その最たるものが、情報とかかわるものであろう。TV,電話は言うに及ばず、スマホによって、様々なサービスが得られるようになり、世の中は、ほんの一昔前より格段に便利になった。情報検索、友達との情報交換、様々な手続きなどなど、家に居ながらにして、そして、どこからでも行えるようになった。
こうした便利さを求める人間の欲求は、留まるところがないであろう。今開発競争の渦の中にあるAIにしても、想像以上のスピードで開発されていて、それが人間社会にもたらす便利さは、計り知れない。
家電製品や車などに代表されるように、かっては、人間の手となり足となる利便性に開発の努力が向けられていたのに対して、今や、人間の脳とかかわった利便性の開発へと努力が向けられてきている。記憶力はもちろんのこと、判断力、予測力、認識力、そして、創造力までも便利さの手の中に落ちようとしてきている。
こうした便利さを飽くことなく追及していく中で、人間社会は知らず知らずのうちに危険性と背中合わせになってきている。東日本大震災の時に見られるように、ライフラインの破壊によって日常生活がままならない状況になってしまったし、ハッカーなどの攻撃によって、企業や組織の活動がマヒしてしまう状況が生まれてきたりしている。これから先、さらに便利さが高まるにしたがって、人間社会は、まるで便利さというバベルの塔の上に築かれた社会になってしまう。その塔が、便利さによって高くなればなるほど、崩れ去ったときの人間社会は、原始時代の人類よりも生きづらい状況になってしまう。
こうしたハード的な問題のほかに、人間の精神世界に与える便利さの影響も危険性をはらんでいる。便利さは、個人生活だけに浸透してきているわけではなく、企業や組織で働く人たちにも同じように浸透してきている。個人的には便利であったものが、仕事とかかわってくると、忙しさを増長させる武器にもなってくる。かっては1週間や2週間かけてやれていた仕事が、一日で終わらせるようになり、次々に仕事が飛び込んでくる。過労死の問題などは、そうした便利さがもたらしている負の局面なのではないだろうか。
また、情報技術の発達によって、人は手紙を書くことが少なくなった。先日、夏目漱石がロンドンで生活をしていた時に、友人にあてたはがきが発見されたということで話題になったが、そのはがきそのものには文化としての価値が秘められている。手紙とメール、そこには文化と文明との違いが込められているように思える。便利さは、簡単に目的を達成させることができる半面、じっくり考えたり、情緒や感性を育んだりする機会を奪い去る両刃の剣になりつつある。ただ、この便利さを追求する人間の営みを止めることはできないであろう。我々にできることは、一人一人がそうした便利さに飲み込まれることなく、時として、自分自身を見つめる自然回帰への機会を作るということではないだろうか。こうしたことを考えてくると、便利さで囲まれている現代社会は、新たな人間復興、文化復興への時代、まさに第二のルネサンスの時代なのかもしれない。
次回の討議を平成30年7月27日(金)とした。 以 上
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