- 2014-12-15 (月) 22:20
- 2014年レポート
- 開催日時
- 平成26年11月28日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 「なつかしさ」について
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 下山、大瀧、田中(誠)、望月
討議内容
今回、14年ぶりに田中誠司さんが参加してくれました。年々この会に参加するメンバーが少なくなってきている状況の中での久しぶりの田中さんの参加に、懐かしさとうれしさとが入り混じった気持ちになりました。ということで、今回は、「なつかしさ」と題して議論した。
段々と年を重ねてくるに従い、未来への希望というものよりも、過去を懐かしく振り返ることの方が多くなってくる。その懐かしさを生み出す心の源は一体どこにあるのだろうか。そして、懐かしさというのは、どんな心の状態なのだろうか。
懐かしさという言葉で多くの人が先ずはじめに思い浮かべることは、小学校、中学校、高校時代の友達との再会であろうか。そして、その懐かしさの中には、友達と遊んだこと、ケンカしたこと、遠足や修学旅行に行ったこと、クラブ活動で共に汗を流したことなど様々な思い出がある。
そうした人と係わる思い出の他に、久しぶりに訪れた故郷の街並みにも懐かしさを感じるものだ。近代化されてしまった街並みの中に、子供の頃よく遊んだ広場、通学の時にいつも通った道、そして、昔のまま残されている家などを見つけた時、懐かしい心が自然に浮かび上がってくる。
そうした懐かしさを浮かび上がらせるのは、友達の顔や、街並みといった目に飛び込んでくるものだけではない。音楽も懐かしさを浮かび上がらせる大きな要因でもある。学生時代に流行った音楽、懐メロを耳にするとき、懐かしに酔いしれることがある。それは、その音楽によって、その音楽を聴いた時代のことが思い出されてくるからなのであろう。特に青春時代にヒットしていた音楽は、自身の青春時代の諸々のことを思い出させ、懐かしさが助長されてくる。そして、思わず、そうした時代を過ごした友人や恋人のことを思い出し、懐かしさが倍加してくる。
懐かしさは香りによっても生み出される。花の香り、草木の香り、雪の香り、雨に打たれた大地の香りなどによって、幼少の頃、青春時代のことが突然蘇ってきて、懐かしさを感じることがある。味にしても、懐かしさを感じることがある。おふくろの味といわれる味も、実家を離れて一人暮らしをしている時など、母親のことが思い出されて懐かしさに心打たれることもある。
こうして考えてくると、懐かしさの心の源は、五感を通して入ってくる刺激がキーワードのような働きをして、そのキーワードによって、その時々の様々な思い出が蘇り、その蘇った思い出を懐かしく感じていることが分かる。ということは、刺激そのものが懐かしいのではなく、まさに思い出が懐かしさを生み出しているということだ。ただ、思い出にも様々なものがある。楽しい思いで、悲しい思いで、つらい思いで、苦しい思いで、いやな思いで、などなど、思い出にも色々なものがあるが、そうした思い出の中で、懐かしさを感じさせるのは、やはり楽しい思い出ではないだろうか。忘れてしまいたいようなつらい思い出は、思い出ではあったとしても懐かしさを感じさせはしないだろう。ただ、つらい思い出であっても、そのつらさが今は解消され、そのつらさを乗り越えて今の幸せがあるというときには、そのつらさも懐かしい思い出になってくるだろう。
こうしたことを考えてくると、懐かしさを生み出しているものは、過去の思い出の中にある自分自身の心に起きた情感や愛といったものが係わっているように思える。その情感にしても、恨みや憎しみといった感情ではなく、思いやりであったり、純粋な心であったり、人からの愛を感じたりといった心温まるものである。我われが、幼少の頃や青春時代の思い出に特に懐かしさを感じるのは、そこに純粋無垢な心があったことを無意識に感じ取っているからなのではないだろうか。そして、懐かしい心を生み出しているその力は、われわれ人間をエゴの世界から切り離し、他者を愛する心へといざなっているのかもしれない。
次回の討議を平成27年1月23日(金)とした。 以 上
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