- 2005-04-08 (金) 0:51
- 1991年レポート
- 開催日時
- 平成3年2月5日(火) 14:00〜17:00
- 開催場所
- ストラーダ新宿
- 参加者
- 古館、多田、村澤、諏訪、山下、佐藤、望月
討議内容
今回は、山下さん、村澤さんが始めての参加であったために、二人の方にそれぞれ自己紹介をして頂いた。その中で、先の検討会の時にも出された、日本人とは何かという事柄が指摘された。湾岸戦争の原因の一つに、ユダヤ民族とイスラム民族の問題が横たわっていることを考えると、世界の中での一民族として日本人について、あらためて日本人が自ら考える必要性が要求されている時代になってきているのであろう。
戦後の変化をみると、物は豊かになってきているが、基本的なところは変わっていない様に思える。物を通して個性を発揮するのではなく、心の内面の中で個性を発揮する必要があるとの意見があった。このことは、現在を生きる日本人の多くが、意識的に、あるいは、無意識的に感じていることであろう。物を中心に個性を発揮しようとしてきた裏には、物を通してでは表現できない個性が押さえつけられてきたように思える。
企業に於ける不易について検討した。本質的には、物は不易なものにならないのではと言う意見を元に、物と不易性とについて検討した。物の形は時代時代によって変化するが、その物の持つ機能は、概念として人間の生活の中に於て不易なものになるのではないか。時を刻むと言う機能を持つ時計や、水を入れると言う機能を持つコップなどのように、基本的な機能は、時代を越え文化を越えて人間にとって普遍的なものであるが、その形は、時代や、文化の違いによって異なってくる。これらのことを考えると、不易的なものは、物体にあるのではなく、人間の心の中にあると言うことができる。ただ、その心の中にある不易的なものを具体的に表現する一つの手段として物があるのであろう。そして、文化とは、人間の不易な心に根ざした様々な表現の結晶体なのであろう。
これらの不易的なものが一体何処からくるのかを考えてみると、それは、我々の体の中に地球環境を中心として、長い間秘められてきたリズムや、習性が、意識の光にともされて発芽してきものである様に思える。それは、たとえて表現するならば、一つの種が、太陽や、水といった環境によって自然に芽生えてくるのと同じ様なものであろう。
手作りの物をプレゼントすることに価値のある時代と、今の時代のように、市販されている物の中から、よりよい物を選んでプレゼントすることの方が、もらう人にとっても良いという時代とがある。手作りの物は確かに送り手の心がこもっているのではあるが、時代の変化の中で、それらのものが次第に消えていく傾向にある。心のこもった表現と言うことでは、手書きと、ワープロによる表現とがある。始めは、手書きの方が、心がこもり、個性が表現されていて良いように思えるのであるが、世の中が、ワープロの活字による表現を主流と考えるようになるに従って、手書きが世の中から姿を消していってしまう。年賀状にしても、宛名書きまでワープロで表現されてくると、何処かしら相手に思いやりを感じることができなくなって、寂しさを感じるものである。しかし、それが慣習化されてくると不自然さを感じなくなってしまう。これらの繰り返しは、結局、人間相互の思いやりの心を少しずつ切り捨てていくことになっているのかも知れない。人の表現の中には、ビジネスの付き合いのように、感情を交えずに表現することを良いとする場合と、友達同志の付き合いのように、感情的なものが混ざって表現されることの方が相手の心をうつ場合とがあるが、上で述べた傾向は、世の中が次第にビジネスライクになってきているとも言える。
物の不易性に関して、家庭の中においても、昔の物は大切に残しておくが、現代的な物は新しいものにどんどん変えて行ってしまう傾向にある。懐かしさのために昔の物を大切にするのか、昔の物の方が、人間の心をどこかしら打つものが含まれているのか、物の不易という点でさらに検討する価値がありそうだ。
現在の人間の時間感覚の中には、新しい物を早く求めたいとか、早く何かをしたいとかいった早いことを良しとする時間感覚と、長期リゾートを求めようという心理にみられるように、時間を全く気にしないで生活したいという時間感覚とがありそうだ。そして、この二つの時間感覚は、人間の感覚の中では矛盾することの無い異なる次元の基で、益々エスカレートしていくように思える。
企業が変わりつつある中で、そこで働く人々の職業観が、滅私奉公から、個性を活かす活私奉公の時代になってきている。それは、物を主体としていた資本主義から知識を主体とする知本主義への移行である。個を活かし、それぞれの自己実現に向けて仕事に取り組んでいく傾向にある。しかし、このことが、必ずしも仕事が遊びになっていくということにはならない。仕事と遊びとの間には、越え難いある一線がありそうだ。
産業革命以前においては、働くことにそれほど価値が置かれていなかったのかも知れない。そこでは、遊びと仕事との間にそれほど大きな隔てがなく、二つは共存していたのではないか。それが、産業革命以降、工業化が進み、人間が働いた結果として、具体的に物が生産されてくることが認識されるにつれて、働くことに価値が置かれるようになってきたのではないか。その結果として、遊ぶことを次第に忘れてきてしまったのかも知れない。民族という観点から、遊びと仕事を見てみると、ゲルマン民族は勤労の民族であり、ラテン系民族は、遊びの民族であるといえよう。そして、遊びを忘れてきた人間が、再び遊びを求めるようになってきた現在、工業化により高度経済成長したゲルマン民族の時代から、遊びの感性を豊かに持ったラテン系民族の時代へと推移しているように思える。
以上のような討論結果より、人間の不易性として、以下の検討項目が新たに浮かび上がった。
- 物を通して表現できる個性と、物を通さないで表現する個性について。
- 物と不易との関係について。
- 仕事と遊びについて。(仕事は遊びになり得るか)
次回の研究会は、3月15日(金)14:00から、議事内容は、多田さんの提案された、日本人と日本文化の変容について主として討論することにした。
配布資料
- 不易流行の眼
- 日本人と日本文化の変容 −基層文化としての神道コードから
- 新しい記事: 第4回 「神道」
- 古い記事: 第2回 「ウォルトディズニーワールドリゾートに見られる人間の不易性」