- 2005-04-08 (金) 0:58
- 1996年レポート
- 開催日時
- 平成8年3月15日(金) 14:00〜17:00
- 開催場所
- KDD目黒研究所
- 参加者
- 多田、広野、塚田、土岐川、鈴木(智)、久能、山田、佐藤、望月
議事内容
今回は、感動をテーマに議論した。議論の中で、度々訪れた問題は、感動と感激との違いである。広辞苑によると、感動は、深くものに感じて心を動かすこと、感激は、深く感動して、気持ちが奮い立つこととある。感動が特に強いのが感激と言うことのようだ。しかし、我々の議論の中では、もう少し違った意味相があった。感激は、瞬間的に強く感じるときに用いるのに対して、感動は、時間的には感激よりもゆったりした状態で感じているようだ。また、感動は、あるものを客観視している中で感じるのに対し、感激は、自分が主体的に係わっている事柄の中から生まれてくる。例えば、ベルリンの壁の崩壊は、ドイツ人にとっては、感激的な出来事であり、それをTVでみている人達にとっては、感動的な出来事であった。TVドラマにおいても、心を打たれたものに対して、感激的なドラマであったと表現するよりも、感動的なドラマであったと表現したほうがどこかしら自然な感じがする。何人かでチームになってある事柄をやり遂げたときは、感激的であり、それを見ている人達にとっては、感動的な事柄であろう。
感激や感動には、プロセスとの係わりがある。先日ハーフマラソンに参加した多田さんは、スタートラインに立ったとき、周りの人達も自分と同じように、日々の練習を重ね、このマラソンにチャレンジしているのだということを感じて、非常に感激されたそうだ。それをただ見る者には、スタートラインで号砲を待ちかまえるランナー達の心の状態は分からないが、共に同じプロセスを経てきたランナー達には、すでに走る前に感激がある。TV画面を通して、どんなに素晴らしい映像を見たとしても、感激と言える心の状態になることは少ないが、実際に出かけて行って、美しい景色に出会ったときの感激は心を振るいおこさせるほど強いものがある。もちろんTV画面では、五感全てを通した情報を得ることが出来ないということも強い感激を呼び起こさない一つの要因ではあろうが、それ以上に、実際にその場に行くというプロセスの有無が、強い感激を起こさせるか否かの大きな要因となっているようだ。そして、私達の社会が、感激的なことが少なくなっているとしたら、結果だけを簡単に得ようとする安易な方向に、人間社会が進んでいるからなのかも知れない。
先に、隠れた情報について議論したときに、プロセスの中から生まれてくる情報が、人間の心に見えざる大きな力となっているらしいという一つの結論を得たが、世の中が、利便性を追求するあまり、プロセスの中から生まれてくる隠れた情報を次第に失ってきているように思える。例えば、家族で出かけていて夕食時間に帰ってきたようなときに、早く夕食にありつこうとすれば、世の中には様々なレストランがあり、その欲求を簡単に充足させることができる。これに対して、家族手分けして、料理を作って食べるときには、すぐには食欲を満たすことはできないけれども、家族力を合わせて料理を作り上げるというプロセスの中で、家族愛を感じ、感激を噛みしめることになろう。これらの小さな感激が、見えざる隠れた情報となって、家族一人ひとりの心の中に蓄積され、それが、ひいては、人間としての心を豊かに育んでいるように思える。いじめや登校拒否の問題は、世の中が、結果を早く求めるあまり、プロセスの中から華開く感激を次第に切り落としてきている一つの結果のように思える。
感激の度合は、人それぞれ異なっている。同じ花を見ても、非常に感激する人と、ほとんど無反応な人もいる。感激や感動は、一人一人の心の中に起きている事柄であるから、感激の度合は、その人の持つ感受性や価値観と大きく係わってくる。同じ花を見ても、ある民族にとって、それが恐怖心や、忌み嫌うイメージを起こさせるものでは、その花を見て感激する心は起きてこないであろう。アフリカのボディ族には、一人ひとり生まれたときに、モラレと呼ばれるその個人特有の色彩模様が与えられている。そのモラレは、牛の体の縞模様と係わっていて、大人になったときには、自分自身に与えられたモラレを持つ牛を求めて、東奔西走するという。ある民族学者の報告によると、この人達に、様々な色彩模様が載っているカラーブックを見せたところ、自分のモラレを見つけ出した子供が、涙を流して感激したという。モラレを心の深層に焼き付け、それが自分の分身のように抱いている人達にとって、それとの出会いは、格別なものがあるのであろう。
これ程までではなくとも、私達の心の中に無意識のうちに入り込んでいる価値観が、個人個人の感激の度合に影響を与えていることは確かであろう。これらは、文化や宗教といった社会環境と大きな係わりを持っているが、社会環境とは直接係わらなくても、その人の感性と係わって感激の度合が異なることも多くある。感性は、人間である以上、基本的には、どの人達にも平等に与えられている感受性ではあろうが、その感受性の程度は、遺伝的なものと、後天的なものとがありそうだ。特に後天的なものは、子供から大人になって行くにしたがって、社会的地位や年齢などによって、知らず知らずのうちに、感受性に蓋をしてしまい、鈍ってしまうのであろう。この蓋は、田舎人より都会人の方が特に大きいようだ。鈴木さんによると、太鼓演奏者であるママリケータが、太鼓をコミュニケーション手段として、人々と語り合っているビデオを、沖縄と東京で、40歳ぐらいの人達にみせたところ、沖縄では、ビデオを見ながら、参加した人達は机を叩き始め、最後には感激の涙を流していたのに対して、東京では、終わりまで静かに見ていたという。感激の表現の仕方が、沖縄人と東京人とでは違うということもあろうが、東京人の方が、沖縄人より、社会的な規範の中で、大きな蓋を作り上げてしまっているように思える。
大きな感激は、自分自身を開放したときに現れてくる。自分自身を開放したとき、入ってくる情報が、自身の心の深層にある生命の源に共鳴し、大きな感激が生まれるのであろう。感激的な演劇や講演は、その内容もさることながら、演技者や講演者が、自分自身を忘れ、観客と一体となる中から生まれてくるようだ。自他合一という環境が、感激を生み出す一つの要因なのであろう。禅を修業していて、見牲いわゆる悟りを得た人の経験によると、生きていることへの感激で涙が流れて止まらないという。この感激も、自我に執着していた自分を自我から開放し、新たな自己に目覚めたことによるのであろう。
芭蕉の生涯を調べて行くと、芭蕉にも見性に目覚めた時期があったことが推察できる。そして、芭蕉の俳句は、この見性に目覚めた以降に本物の俳句として、今に伝わるものとなっている。それ以前の俳句は、芭蕉自身も書き残しているが、漢詩を物まねしたもので、魂がその中に入っていなかったようだ。自分自身を自我から開放し、自他合一の境地になった芭蕉であるから、様々な形を持つ自然を、尋常ならぬ感性で捉えることが出来たのであろう。
感激と創造性ともどこかしら関係があるように思える。物事を考えていて、突如として難問が解けたり、目から鱗が落ちたというように、あることを発見したりしたときには、大きな感激がある。また、ブレーンストーミングのように、何人かが集まって、創造的にものを考えているような場合、先の感受性への蓋ではないが、この蓋が時間と共にとれ、参加者が一つの頭になって自他合一の場が出来上がってくる。そのような場が出来上がってくると、新しいアイデアや考えが生まれてきて、その場は感激的な場へと変化して行く。バレーボールの試合を見ていても、チームの調子が上がってくると、そこには、メンバーとボールとからなる一つの場が出来上がってきて、競技者は感激し、見る者は感動するようなゲームになってくる。感激や感動は、それを感じる者との間に生まれる場と大きく係わっているようだ。そして、私達が感激したり感動したりする心の営みは、私達の生命の源である宇宙生命とでも言おうか、そうした生命の源に、私達の意識が共鳴していることではないだろうか。日々こころをときめかしながら、生きていることそのものに感謝する生き方の中に、本当に生きる喜びがあり、感激的な日々を送ることができる。感激的な日々を送ることこそ日々是好日なのであろう。
次回の打ち合せを4月23日(火)とした。次回は「文化」をテーマに議論したいと思います。多数の方々の参加を期待しています。
以上
- 新しい記事: 第46回 「文化」
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