2008年レポート
第124回 「欲」
- 2008-12-23 (火)
- 2008年レポート
- 開催日時
- 平成20年11月28日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 欲
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大瀧、望月
討議内容
今回は、「欲」と題して議論した。欲について考えようとしたのは、世の中が物の豊かさ、便利さ、快適さといったことで確かに進化してきているように見えるけれど、その一方で、不安に満ちた社会、不安を抱えた日常生活を多くの人が送っていることに、なんともいえない矛盾を感じ、その根底には漠としてはいるけれど、人間の欲が深くかかわっているのではないかという思いがあったからである。
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第123回 「歴史」
- 2008-10-08 (水)
- 2008年レポート
- 開催日時
- 平成20年11月28日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 欲
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大瀧、望月
討議内容
今回は、「欲」と題して議論した。欲について考えようとしたのは、世の中が物の豊かさ、便利さ、快適さといったことで確かに進化してきているように見えるけれど、その一方で、不安に満ちた社会、不安を抱えた日常生活を多くの人が送っていることに、なんともいえない矛盾を感じ、その根底には漠としてはいるけれど、人間の欲が深くかかわっているのではないかという思いがあったからである。
- 開催日時
- 平成20年9月16日(火) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 歴史
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、大瀧、矢島、望月
討議内容
今回は、「歴史」と題して議論した。歴史というような、ある意味一見その意味がはっきりしているようなテーマを取り上げたのは、本当に歴史が、はっきりした意味を持っているのだろうか、そこには何か本質的に曖昧模糊とした何かが秘められているのではないかと単純に思ったからである。確かに中学、高校で学ぶ歴史は、いつ何が起きたのかという年表的なことばかりで、そこには、哲学的に議論する曖昧なものは何もないように思える。ただ、私達は、そうした年表的なものだけでそれが歴史だとは思っていない。歴史を歴史たらしめているのは、年表以外の何かが存在しているからであろう。
私達は、日本の歴史、世界の歴史という時には歴史という言葉を違和感なく取り入れることができるが、地球の歴史、猿の歴史、といった風な使い方はしない。そこには、歴史が持つ本質的なものが秘められていて、それを人間が直感的に感じ取っているからなのであろう。歴史には、変化が必要だが、地球も、多分猿の社会も変化しているのだが、そうした変化だけでは、歴史とは呼ばない何かがある。それは、人の作り上げた変化ということではないだろうか。人が介在することが歴史には必要らしい。ただ、それでは、徳川家の歴史、天皇家の歴史というかというと、そこには微妙に歴史という言葉がかもし出すものとは何か異なるものを感じさせるものがある。
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第122回 「気」
- 2008-08-10 (日)
- 2008年レポート
- 開催日時
- 平成20年11月28日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 欲
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大瀧、望月
討議内容
今回は、「欲」と題して議論した。欲について考えようとしたのは、世の中が物の豊かさ、便利さ、快適さといったことで確かに進化してきているように見えるけれど、その一方で、不安に満ちた社会、不安を抱えた日常生活を多くの人が送っていることに、なんともいえない矛盾を感じ、その根底には漠としてはいるけれど、人間の欲が深くかかわっているのではないかという思いがあったからである。
- 開催日時
- 平成20年9月16日(火) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 歴史
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、大瀧、矢島、望月
討議内容
今回は、「歴史」と題して議論した。歴史というような、ある意味一見その意味がはっきりしているようなテーマを取り上げたのは、本当に歴史が、はっきりした意味を持っているのだろうか、そこには何か本質的に曖昧模糊とした何かが秘められているのではないかと単純に思ったからである。確かに中学、高校で学ぶ歴史は、いつ何が起きたのかという年表的なことばかりで、そこには、哲学的に議論する曖昧なものは何もないように思える。ただ、私達は、そうした年表的なものだけでそれが歴史だとは思っていない。歴史を歴史たらしめているのは、年表以外の何かが存在しているからであろう。
私達は、日本の歴史、世界の歴史という時には歴史という言葉を違和感なく取り入れることができるが、地球の歴史、猿の歴史、といった風な使い方はしない。そこには、歴史が持つ本質的なものが秘められていて、それを人間が直感的に感じ取っているからなのであろう。歴史には、変化が必要だが、地球も、多分猿の社会も変化しているのだが、そうした変化だけでは、歴史とは呼ばない何かがある。それは、人の作り上げた変化ということではないだろうか。人が介在することが歴史には必要らしい。ただ、それでは、徳川家の歴史、天皇家の歴史というかというと、そこには微妙に歴史という言葉がかもし出すものとは何か異なるものを感じさせるものがある。
- 開催日時
- 平成20年7月25日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 気
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大滝、大滝(ち)、矢島、佐藤、望月
討議内容
今回新たに矢島さんが参加してくれました。矢島さんは、関西の大学を卒業された後、フリーターをしばらく続け、現在ベルシステム24で、編集の業務に当たっています。しばらく合気道をやっていたこともあって、気をテーマとした今回の議論に興味があって参加されたとのことです。
今回は、「気」と題して議論した。気と係わる言葉として、気をつかう、気がつく、元気、気力、気分、病気、空気、などなど、日常当たり前につかっているが、さて、その気とは一体何かとなると、捉えられそうでなかなか捉えられないものだということが分かってくる。
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第121回 「命」
- 2008-06-19 (木)
- 2008年レポート
- 開催日時
- 平成20年11月28日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 欲
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大瀧、望月
討議内容
今回は、「欲」と題して議論した。欲について考えようとしたのは、世の中が物の豊かさ、便利さ、快適さといったことで確かに進化してきているように見えるけれど、その一方で、不安に満ちた社会、不安を抱えた日常生活を多くの人が送っていることに、なんともいえない矛盾を感じ、その根底には漠としてはいるけれど、人間の欲が深くかかわっているのではないかという思いがあったからである。
- 開催日時
- 平成20年9月16日(火) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 歴史
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、大瀧、矢島、望月
討議内容
今回は、「歴史」と題して議論した。歴史というような、ある意味一見その意味がはっきりしているようなテーマを取り上げたのは、本当に歴史が、はっきりした意味を持っているのだろうか、そこには何か本質的に曖昧模糊とした何かが秘められているのではないかと単純に思ったからである。確かに中学、高校で学ぶ歴史は、いつ何が起きたのかという年表的なことばかりで、そこには、哲学的に議論する曖昧なものは何もないように思える。ただ、私達は、そうした年表的なものだけでそれが歴史だとは思っていない。歴史を歴史たらしめているのは、年表以外の何かが存在しているからであろう。
私達は、日本の歴史、世界の歴史という時には歴史という言葉を違和感なく取り入れることができるが、地球の歴史、猿の歴史、といった風な使い方はしない。そこには、歴史が持つ本質的なものが秘められていて、それを人間が直感的に感じ取っているからなのであろう。歴史には、変化が必要だが、地球も、多分猿の社会も変化しているのだが、そうした変化だけでは、歴史とは呼ばない何かがある。それは、人の作り上げた変化ということではないだろうか。人が介在することが歴史には必要らしい。ただ、それでは、徳川家の歴史、天皇家の歴史というかというと、そこには微妙に歴史という言葉がかもし出すものとは何か異なるものを感じさせるものがある。
- 開催日時
- 平成20年7月25日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 気
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大滝、大滝(ち)、矢島、佐藤、望月
討議内容
今回新たに矢島さんが参加してくれました。矢島さんは、関西の大学を卒業された後、フリーターをしばらく続け、現在ベルシステム24で、編集の業務に当たっています。しばらく合気道をやっていたこともあって、気をテーマとした今回の議論に興味があって参加されたとのことです。
今回は、「気」と題して議論した。気と係わる言葉として、気をつかう、気がつく、元気、気力、気分、病気、空気、などなど、日常当たり前につかっているが、さて、その気とは一体何かとなると、捉えられそうでなかなか捉えられないものだということが分かってくる。
- 開催日時
- 平成20年5月30日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 命
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、吉野、大滝、大滝(ち)、望月
討議内容
今回は、「命」と題して議論した。命を大切に、命の重み、命を無駄にしないように、などなど、私たちは日常生活の中で命という言葉をよく耳にしたり、言ったりもしているけれど、改めて命について考えてみると、とらえられそうで、なかなかとらえられるものではないことが分かってくる。それは、私という概念とよく似ている。私、私と、私たちは、私を日常よく使っている。私を意味する言葉が、ほとんどの民族にあるということは、人間として生まれて、必然的に私というものを感じ取り、誰もが私とは何かを暗黙の内に理解していることを物語っている。でも、その私とは一体何かについて考えてみると、先の命と同じように、とらえられそうでいて、確固としたものをとらえることができないことが分かってくる。
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第120回 「イメージ」
- 2008-04-09 (水)
- 2008年レポート
- 開催日時
- 平成20年11月28日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 欲
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大瀧、望月
討議内容
今回は、「欲」と題して議論した。欲について考えようとしたのは、世の中が物の豊かさ、便利さ、快適さといったことで確かに進化してきているように見えるけれど、その一方で、不安に満ちた社会、不安を抱えた日常生活を多くの人が送っていることに、なんともいえない矛盾を感じ、その根底には漠としてはいるけれど、人間の欲が深くかかわっているのではないかという思いがあったからである。
- 開催日時
- 平成20年9月16日(火) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 歴史
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、大瀧、矢島、望月
討議内容
今回は、「歴史」と題して議論した。歴史というような、ある意味一見その意味がはっきりしているようなテーマを取り上げたのは、本当に歴史が、はっきりした意味を持っているのだろうか、そこには何か本質的に曖昧模糊とした何かが秘められているのではないかと単純に思ったからである。確かに中学、高校で学ぶ歴史は、いつ何が起きたのかという年表的なことばかりで、そこには、哲学的に議論する曖昧なものは何もないように思える。ただ、私達は、そうした年表的なものだけでそれが歴史だとは思っていない。歴史を歴史たらしめているのは、年表以外の何かが存在しているからであろう。
私達は、日本の歴史、世界の歴史という時には歴史という言葉を違和感なく取り入れることができるが、地球の歴史、猿の歴史、といった風な使い方はしない。そこには、歴史が持つ本質的なものが秘められていて、それを人間が直感的に感じ取っているからなのであろう。歴史には、変化が必要だが、地球も、多分猿の社会も変化しているのだが、そうした変化だけでは、歴史とは呼ばない何かがある。それは、人の作り上げた変化ということではないだろうか。人が介在することが歴史には必要らしい。ただ、それでは、徳川家の歴史、天皇家の歴史というかというと、そこには微妙に歴史という言葉がかもし出すものとは何か異なるものを感じさせるものがある。
- 開催日時
- 平成20年7月25日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 気
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大滝、大滝(ち)、矢島、佐藤、望月
討議内容
今回新たに矢島さんが参加してくれました。矢島さんは、関西の大学を卒業された後、フリーターをしばらく続け、現在ベルシステム24で、編集の業務に当たっています。しばらく合気道をやっていたこともあって、気をテーマとした今回の議論に興味があって参加されたとのことです。
今回は、「気」と題して議論した。気と係わる言葉として、気をつかう、気がつく、元気、気力、気分、病気、空気、などなど、日常当たり前につかっているが、さて、その気とは一体何かとなると、捉えられそうでなかなか捉えられないものだということが分かってくる。
- 開催日時
- 平成20年5月30日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 命
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、吉野、大滝、大滝(ち)、望月
討議内容
今回は、「命」と題して議論した。命を大切に、命の重み、命を無駄にしないように、などなど、私たちは日常生活の中で命という言葉をよく耳にしたり、言ったりもしているけれど、改めて命について考えてみると、とらえられそうで、なかなかとらえられるものではないことが分かってくる。それは、私という概念とよく似ている。私、私と、私たちは、私を日常よく使っている。私を意味する言葉が、ほとんどの民族にあるということは、人間として生まれて、必然的に私というものを感じ取り、誰もが私とは何かを暗黙の内に理解していることを物語っている。でも、その私とは一体何かについて考えてみると、先の命と同じように、とらえられそうでいて、確固としたものをとらえることができないことが分かってくる。
- 開催日時
- 平成20年3月28日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- イメージ
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、内田、吉野、望月
討議内容
今回は、「イメージ」と題して議論した。イメージとは一体なんだろうか。イメージは、人間だけが抱くものなのか、それとも動物や昆虫といった生き物もイメージを抱くのだろうか。イメージの定義にもよるが、私たち人間が、言葉によって自分の思いを伝えることができるのも、その根底には、話したい内容を全体で一つのものとしてとらえることのできるイメージがあるからであろう。道具の発明にしても、結果としてこれこれの機能を持った道具としての一つのイメージがあるからであろう。だから、イメージというのは、ばらばらの物をまとめて一つのものとして作り上げる何かである。そのイメージがなかったなら、私たちは、簡単な日常行動も行えなくなってしまうであろう。
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第119回 「直感」
- 2008-02-04 (月)
- 2008年レポート
- 開催日時
- 平成20年11月28日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 欲
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大瀧、望月
討議内容
今回は、「欲」と題して議論した。欲について考えようとしたのは、世の中が物の豊かさ、便利さ、快適さといったことで確かに進化してきているように見えるけれど、その一方で、不安に満ちた社会、不安を抱えた日常生活を多くの人が送っていることに、なんともいえない矛盾を感じ、その根底には漠としてはいるけれど、人間の欲が深くかかわっているのではないかという思いがあったからである。
- 開催日時
- 平成20年9月16日(火) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 歴史
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、大瀧、矢島、望月
討議内容
今回は、「歴史」と題して議論した。歴史というような、ある意味一見その意味がはっきりしているようなテーマを取り上げたのは、本当に歴史が、はっきりした意味を持っているのだろうか、そこには何か本質的に曖昧模糊とした何かが秘められているのではないかと単純に思ったからである。確かに中学、高校で学ぶ歴史は、いつ何が起きたのかという年表的なことばかりで、そこには、哲学的に議論する曖昧なものは何もないように思える。ただ、私達は、そうした年表的なものだけでそれが歴史だとは思っていない。歴史を歴史たらしめているのは、年表以外の何かが存在しているからであろう。
私達は、日本の歴史、世界の歴史という時には歴史という言葉を違和感なく取り入れることができるが、地球の歴史、猿の歴史、といった風な使い方はしない。そこには、歴史が持つ本質的なものが秘められていて、それを人間が直感的に感じ取っているからなのであろう。歴史には、変化が必要だが、地球も、多分猿の社会も変化しているのだが、そうした変化だけでは、歴史とは呼ばない何かがある。それは、人の作り上げた変化ということではないだろうか。人が介在することが歴史には必要らしい。ただ、それでは、徳川家の歴史、天皇家の歴史というかというと、そこには微妙に歴史という言葉がかもし出すものとは何か異なるものを感じさせるものがある。
- 開催日時
- 平成20年7月25日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 気
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、大滝、大滝(ち)、矢島、佐藤、望月
討議内容
今回新たに矢島さんが参加してくれました。矢島さんは、関西の大学を卒業された後、フリーターをしばらく続け、現在ベルシステム24で、編集の業務に当たっています。しばらく合気道をやっていたこともあって、気をテーマとした今回の議論に興味があって参加されたとのことです。
今回は、「気」と題して議論した。気と係わる言葉として、気をつかう、気がつく、元気、気力、気分、病気、空気、などなど、日常当たり前につかっているが、さて、その気とは一体何かとなると、捉えられそうでなかなか捉えられないものだということが分かってくる。
- 開催日時
- 平成20年5月30日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 命
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、吉野、大滝、大滝(ち)、望月
討議内容
今回は、「命」と題して議論した。命を大切に、命の重み、命を無駄にしないように、などなど、私たちは日常生活の中で命という言葉をよく耳にしたり、言ったりもしているけれど、改めて命について考えてみると、とらえられそうで、なかなかとらえられるものではないことが分かってくる。それは、私という概念とよく似ている。私、私と、私たちは、私を日常よく使っている。私を意味する言葉が、ほとんどの民族にあるということは、人間として生まれて、必然的に私というものを感じ取り、誰もが私とは何かを暗黙の内に理解していることを物語っている。でも、その私とは一体何かについて考えてみると、先の命と同じように、とらえられそうでいて、確固としたものをとらえることができないことが分かってくる。
- 開催日時
- 平成20年3月28日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- イメージ
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、下山、内田、吉野、望月
討議内容
今回は、「イメージ」と題して議論した。イメージとは一体なんだろうか。イメージは、人間だけが抱くものなのか、それとも動物や昆虫といった生き物もイメージを抱くのだろうか。イメージの定義にもよるが、私たち人間が、言葉によって自分の思いを伝えることができるのも、その根底には、話したい内容を全体で一つのものとしてとらえることのできるイメージがあるからであろう。道具の発明にしても、結果としてこれこれの機能を持った道具としての一つのイメージがあるからであろう。だから、イメージというのは、ばらばらの物をまとめて一つのものとして作り上げる何かである。そのイメージがなかったなら、私たちは、簡単な日常行動も行えなくなってしまうであろう。
- 開催日時
- 平成20年1月25日(金) 14:00~17:00
- 討議テーマ
- 直感
- 開催場所
- 東京ウィメンズプラザ
- 参加者
- 土岐川、松本、下山、吉野、大滝、望月
討議内容
今回は、「直感」と題して議論した。直感と対比される言葉として、理性がある。理性が論理的なことを司る精神世界だとすると、直感は、非論理的な心の世界といえようか。直感という言葉の響きには、直感ともう一つの直観とがある。今回議論した直感は直感であるが、直観とも深い係わりがありそうだ。ただ、直感が、理性と対極にある感じる世界と深くかかわっているのに対して、直観は、理性と係わりながら感じる世界とも係わっている。すなわち、直観は、理性と係わりながら、感じる世界を見つめていく営みのように思える。五感から入る刺激に蓋をして、静かに自分自身の心の内を内観する中から生まれてくる心の世界、それが直観と係わっているのに対して、今回議論した直感は、五感とも係わりながら、意志的なものがないにもかかわらず、突如として、心の底から生まれてくるメッセージのようなものである。直観が、人間の内観しようとする意志と係わり、かつ理性と係わりながら、無意識の世界を見つめていく営みであるのに対して、直感は、意志も、理性も直接係わることなく、無意識の世界と交信しているものということになる。したがって、直観は理性と同様、人間にしかないが、直感的な世界は、動物ももっている世界ということになってくる。
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